YOUCAN LIFE

25歳、自由人

15.クローバーナイト

 

 *本屋さんにて

本屋さんで平積みされている本を見て、私が母に「これ読みたいなー」と言ったら、母が「この前買ったよ。読んでいいよ。」と。

母とは割と気も趣味も合うので、便利だし気楽。

 

そんなわけで、お墓参りの行き帰りの電車の中で読んだ。

 

 *クローバーナイト

クローバーナイト (光文社文庫)

クローバーナイト (光文社文庫)

  • 作者:辻村 深月
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/11/12
  • メディア: 文庫
 

子ども2人、夫婦共働きの、ある核家族一家を軸に、その周りで起こる保活、お受験、お誕生日会などを通して現代の問題を扱う小説。

 

私は登場人物の誰の立場でもないけれど、苦しくて危うく電車の中で泣いてしまうところだった。電車の中で読むのはおすすめしない。

 

フィクションとはいえ綿密に取材をして、ある程度は忠実に現代に蔓延っている問題を私たちに教えてくれていると思う。

私は純粋にそれらに対して「知らなかった」「そんなことがあるんだ」「辛いな」という感想とともに苦しさを覚えた。

 

 *「普通」とは何か

本の間に挟まっていた紙に、作者の辻村深月さんが「『普通とは何か』を考えた」というようなことを書いていた。

すべての世界において「普通」である事柄など何もない。

外から見れば異常に見えることも、その世界では普通であることもある。

皆、その世界にいるからにはそこでの「普通」を追い求めて、人から非難されたり自分が辛くなったりして息苦しさを覚える。

そしてその世界に片足突っ込んでる人(旦那さんやお義母さん)が余計な口を挟んだり、はたまたそれを利用して悪巧みを考えたりする。

 

 *ミステリー要素

そういうことが明らかになるときに、辻村さんが得意とするミステリー的な要素や描写が入ってくる。

「ツナグ」や「ハケンアニメ!」など平穏な作品もあって、辻村さんの本は怖い話ではないものを読む程度。これも同じ類の、私が読める本だと踏んで読み始めた。正確には怖い本ではないのだけれど、怖い要素もある。だからこそ手が止まらない、ということも言えるかもしれない。

 

※平穏な物語

ツナグ

ツナグ

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

  • 作者:辻村 深月
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2017/09/06
  • メディア: 文庫
 

 

 *親が子どもにあげられること

自分で見つけられる選択肢が少ない子どものうちは、いくらか親が環境を与えることも重要。それが基盤となって、その先の子どもの人格が形成される。

そう考えると、親の選択は相当重要なものに思えてくる。

 

保育園/幼稚園、習い事、付き合う友だち。

小さい頃に経験したことの中で、好き嫌いを感じ、その先で、好きだったから続ける、嫌いだったから反面教師にする、どちらにしても小さい頃の経験は基になる。

 

小説の中で追い詰められているお母さんたちを見て、「そんなに考えすぎる必要ないよ」「もっと気楽でいいよ」「劣等感を感じたり、後悔する必要ないよ」と思う。

でも、自分が同じ立場になったら、親なのだから責任があるし、少なからず考えることは考えて、焦って、人と比べて、後悔することもあるのかもしれないとも思う。

 

自分が子どもの立場からして、育ててくれた親にも責任がある、などと考えたことはない。でもこの間母が、「自分の育ててきた結果を発表されているようだ」という言葉を漏らしていた。いくら子どもが大きくなって親の手から離れようと、いつまでも親にとっては子どもであり続け、その大きくなった子どもたちは親から見れば、自分が育ててきた結果に見えるらしい。

 

 *ありがとう

気楽でいられるのは単身のうちだけだ。

意気込んで家を出たにもかかわらず、すぐに家に帰ってきて、仕事もせずに、のんびり過ごしている。

いろいろ言いたいこともあるのかもしれないが、何も言わずに家に置いてくれている。

本当に感謝しかない。

こんなところに書いていないで、目の前にいるのだから口に出して「ありがとう」というべきだ。

 

 *親になるとき

今現在、私に親になる予定はない。

一生のうちにあるのかないのかもわからない。

でも不思議と、親になる想像がつかないわけではない。

パートナーを見つけて、親になる覚悟ができたとき、きちんと育て方を話し合おう。

親の押し付けは良くないが、子どもに関する選択の中で、一瞬の判断を誤ってしまったら許されることではない。子どもに責められる、ということではなく、自分に後悔が一生付き纏うだろうということ。

 

それすら気楽に考えられたら、それはその人の人格であろうが、私はそのタイプではない気がする。

 

成長するにしたがって、家庭の環境以外の要因が大きくなるのは確かだが、基本は育った環境にあることを忘れてはいけない。

肝に銘じて子は育てよう。

そんなことを考えさせてくれた小説だった。